はたママインタビュー5回目に登場した竹内愛子さん、シンガポールでは夫の規則により働けずにモヤモヤ時期を過ごしていましたが、満を持して2019年よりキャリア復帰できることになった、との報告がありました。
愛子さんのキャリア復帰がどのように実現したのか、駐在妻の最近の就労環境はどうなのか、そして働きたい駐在妻の本音を、以下のはたママメンバー達が共に語りあいました。
中野円佳
(対談モデレーター。はたママインタビュー7回目登場。日経新聞記者を経て現在はシンガポールにてフリージャーナリストとしての執筆活動、大学院での研究、及び現地メディア会社にてパート勤務)
竹内愛子
(はたママインタビュー5回目登場。コンサルティング会社勤務後、夫の転勤でシンガポールへ。5年間の駐妻専業主婦を経て、2019年1月より在宅ワークにて新たな仕事に復帰決定)
森村美咲
(はたママインタビュー8回目登場。人材業界である株式会社パソナ シンガポール法人のセールスマーケティング部門の責任者として企業側の人事労務・採用の支援を担う)
佐藤洋子(仮名)
(覆面ゲスト。総合商社、外資戦略コンサルティングファームからIT業界まで幅広く経験し、現職ではシンガポール法人のベンチャーにてマネージメントとして採用も担当)
働きたい駐在妻の障壁、「夫の会社ブロック」は取り外せるのか
中野: 働き続ける日本の女性が増える中で、夫の駐在に帯同した駐在妻の中にもキャリアを継続したいという声が出てきています。ただ、駐在妻が現地で働こうとすると、それを許可しない夫の会社があるという話を度々耳にします。NGの理由はどのように説明されていますか?
竹内: 私の夫の会社では、駐在員の家族がDPで働いてはいけない、というルールがありました。おそらく、海外赴任に際して支給される手当(家族手当)に関係していたのだと思います。
また、そもそも駐在員規定は、妻が働かないことを前提に作られているので、家族手当は充実しています。各種ビザの手配や、住宅手当日本での扶養控除(年金、健康保険)帰国費等。
家族が働かなくても生活できるだけの補助があるので、「働く必要はないでしょう」というのが会社の論理なのだと思います。
ただ、私にとって「働く意義」というのは経済的なことだけではなかったので、海外赴任先でもDPで働きたい(当地の法に触れない範囲)と主張してきました。
特に、シンガポールは国の労働法的に家族帯同ビザ(DP)でも働けるので、働くために新たに労働ビザ(EP)をとる必要がありません。しかし過去の前例がないことから、なかなか労働は認められない状況が続きました。
森村:企業側として、前例がないイレギュラー対応を嫌がるケースが多いです。ひとつ例外を許可してしまうと、ルールがなし崩しになってしまうという懸念が。そして、不公平感が出てしまいますので、国によって条件を変えるという事が難しいという声も聞きます。
竹内:実は、DPのステータスで働ける国はあまりないんですよね。シンガポールのこの制度は珍しくて、他の多くの国では、DP保持者はその国の法律のもと働けないようになっています。
働きたい妻は日本での社会保障(社会保障の扶養)の部分を自分で支払うなどしたうえで、就労ビザ(EP)を取る必要があります。就労ビザを自分でとって働くのであれば、手当が支給されないということはあると思いますが、どの会社もおそらく禁止はしていないと思います。
そうした意味では、「夫の会社ブロック問題」はシンガポールなど限られた地域での特有の事情ではあります。
確かに、私自身もEPを取ればいつでも働けたわけなのですが、それはフルタイムで働くという選択。初めての育児やハイキャリアが求められるシンガポールでのフルタイムという選択、私にとっては簡単に決めることができませんでした。
森村:一般的に赴任者向けの出向者規定は、日本本社側の海外人事を担当する部門が管轄しています。日本本社人事の方々とやりとりをしていて思うのが、人事担当の方ご自身が海外に出たことがないケースもあって、それぞれの国の実状がわかっていなかったりします。
シンガポールは安全そうだけど、規定を変えてよいほどに安全か?まではわからない。そして誰が許可したか、責任所在の問題になるからコミットしづらい状況もあったり…。
中野:家族が働いて何かあったら責任どうするの、ということですかね。
森村:そう。だから妻が扶養対象から外れて、自己責任で働くということであれば、企業としても止めにくくなります。ただ、愛子さんのように働きたいと声を上げる人が実際増えているので、そのニーズを感じ、どうにかしなくてはと思っている企業は多くなっているのかなと。対応を模索している感じですね。
佐藤:うちは例外の方かもしれません。夫は大手商社ですが、私の古巣でもあるので、こちらの支店で働かない?という話もあったぐらいです。会社としても女性のキャリアを推進していますし、女性の駐在員も出している企業なので、会社の方から働くな、とは言えないのかも。
妻が働くことについて報告義務はありますが、禁止はしていないです。但し、当然ですが、医療費や帰任の際の渡航費用も含め、すでにいろいろな補助の対象外にはなります。
中野:愛子さんは夫の会社の規則が変わったということですが、どのように変わったのでしょう。そして何かきっかけがあったのですか?
竹内:私がうるさく希望を言い続けたことがきっかけになったかどうかはわからないけど(笑)、声が届いたのかもしれませんね。今年からDPのまま、各種手当はそのままで働けるようになりました。新しく赴任で来る奥さんたちの中に、働きたいと言う人が次々に出てきたのも大きかったかも。
森村:実際、第一号の奥さんの就労を許可したことで、会社の規定も結果として変わりました、という流れはあります。ただ、希望を伝えても、愛子さんのように前例がないと断られるケースもまだあるのが現状です。
奥様会がある会社で、ほかの奥様は誰も働いておらず、雰囲気的にも働きたいと言えないといったケースも耳にしました。働きたいと思って声を上げる人たちは全体でみるとまだ少数派という印象はあります。
佐藤:夫の会社でも婦人会はあったのですが、最近、廃止されたんですよ。シンガポールのような国では必要ないと判断されたのでしょう。
中野:企業の人事担当者が集まるある勉強会では、日本に来た外国人の奥様が働きたいと声を上げている事例があって、海外駐在妻の就労も話題に上りました。どう対応すればよいのか、他社はどうしているのか、企業側も模索している印象です。
ただ、こうすればいい、というひな形を提供できる段階ではまだなさそうですかね。
佐藤:例えばアフリカなどハードシップ手当の高い国では、そもそも妻が現地で働きたいという気持ちにならないかもしれないですね。働きたい人がいたとしても、そこで仕事があるかというと難しいし、安全上の問題から簡単に外に出かけられない国もある。
中野:そこが新たな基準を作ったりするうえでの難しさですよね。状況がそれぞれの国でかなり違う。一概なマニュアルは作りにくい。
駐在妻の働くモチベーション、採用企業のマインド
竹内:夫の会社ブロックがあった時に自分が一番つらいと感じたのは、どう働くかを選択する自由がなかったことでした。EPだとフルタイムが前提。だからメイドさんを探す必要があるかもしれないし、出張があるかもしれない。でもDPだとそうでない働きも選択できる。
一方で思うのは、働かない時間を経て、またライフステージの変化を経験し、自分の働くモチベーションや優先順位が変わったのかもしれないと。シンガポールの前は上海駐在でした。その時は最初から転職先を探して就労ビザ(EP)を自分で取得し、働いたんです。本当に働きたくてキャリアが優先だったら、ブロックを乗り越えてでも働くものかと思います。今は、子供ができましたし、家庭を大切にしたい時期なのかな、と。
中野:愛子さんを見ていると、もちろんそうした時期と捉えるのはいいことだとは思いつつも、気持ち的に自己正当化しているところもありそうかなと感じました。ブロックが高い場合、それを超えるエネルギーを出すよりも、自己暗示で自分を納得させてしまうというケースはあると思います。
竹内:確かに、そういう側面はおおいにあると思います。モヤモヤは大きかったし、イライラマックスの時も(笑)。事実、規定が変わったらすぐに仕事探し始めましたしね。
ただ、その時期を過ごしたから、「自分がやりたい事は何か」をすごく考えましたし、シンプルにそぎ落とされた気がします。パートだったらどんな仕事でもいい、とは思えなかった。
最終的に見つかったのは、ライティングのお仕事ではたママでの活動が活かされているもの。さらに在宅でも働けるお仕事です。自分の経験とスキルが活かせる内容なので満足しています。
だからといって、モヤモヤがすべて晴れたわけでもないんですよね。夫が帰任になったら辞めることになるだろうから、いつまでこの仕事を続けられるだろうという。自分で決められないところはやはりあるので。
中野:私の場合、最初は普通の時給パートとして採用されました。でも試用期間で成果を出していった結果、企業側も経験やスキルを認めてくれて、原稿料ベースに変えてもらうことができました。在宅も可能になったし、時給で見れば賃金はかなり上がりました。
能力のある人が駐妻パート枠にマインド的にもおさまって実力が出せていない状況もあるのかなと感じます。新人の駐在員よりもよほど仕事ができる駐妻パートは実際はたくさんいますよね。
森村:フルタイムで勤務が可能であれば、雇う側のキャリア採用ニーズはあるのですが、週2~3日の勤務、時短勤務となった途端に仕事内容が限定的になってしまうケースは多くあります。
DPでお仕事を探す方の多くは、パートタイム勤務を希望されています。そして、採用の際に企業側が必ず聞く質問が、いつ来たのか、どのくらい働けるのか、です。
夫側の会社との関係性も気にされますね。面接で「駐在員の奥さんなのになぜ働きたいと思うのですか?」と聞いてくる企業もあるらしく、驚いてしまいます。
竹内:まさに私も経験しましたよ。パートの就職活動をしていた時、仕事リストの中に、非常に単純な作業が含まれていて。
中野:駐在の期間が採用のネックになりますか?
森村:そこは最近、企業側のマインドはオープンに変わってきているような気がします。勤務期間は夫の任期に連動してしまうのは、致し方ないとみているようです。ローカル従業員でも短期間で辞める方たちはいるわけですし…。
また、シンガポール政府が外国人向けの就労ビザ取得(特にEP)を厳格化してきていることもあり、DPで働ける人材のニーズは急増しています。
中野:そうすると、やはり働く時間の問題ということですかね。専門分野を活かしてDPで働きたければ、子供がいる場合、メイドさん雇ってフルタイムか、私や愛子さんのように業務委託という選択肢になるのかな。
一方で採用する側として感じることはありますか。
佐藤:うちはDP保有の方はウエルカムで、優秀な人たちが来てくれています。駐在員のサラリーレベルよりもコストが抑えられるのも助かります。DPだからといって仕事内容を分けることはしていません。できる人であればマネージメント業務を任せていくスタンスです。
数年でこの国を離れるかもしれないけれど、グローバル展開をしているベンチャーなので、別の国でそのまま働いてもらえるかもしれませんし。若い会社で規模も小さいので、、都度柔軟に対応できるところはあります。
中野:私はLOCで当該企業において完全に人材不足だった部分、具体的には英語インタビューを翻訳して記事にするということをしているのですが、「いなくなると困る人材」として見てもらえはじめたかなと感じます。
翻訳している分野から新たな仕事の機会が出てくる可能性もあります。スキルと給与が上がればEPをとれるかもしれないし、得意な分野がある場合は、パート枠から飛び出していけますよね。
森村:会社規模の大小に関わらず、いつでもそのようなイレギュラー対応は存在しています。企業側がどうしてもこの人にいてもらいたい!と思えば、パフォーマンスに見合った評価をして待遇もアレンジしてもらえることもあります。
駐在家族の見えない葛藤
中野:話を聞いていて、今はいろいろ過渡期だと感じますが、一方で取材していると夫婦で同じ土地への転勤事例が出てくるなどの先進事例も出てきていると感じます。転勤の在り方そのものが変わっているような動きはありますか。例えば、本人の意思や家族事情を尊重するとか。
森村:最近の動向として、家族の反対があるからという理由で海外赴任を断る人もいると見聞いています。今までは選択肢すらない状況でしたが。
帯同家族がなく、駐在コストが抑えられる独身の若い社員を派遣している企業もありますが、経験と仕事内容がマッチせず、逆に赴任されたご本人がとても大変な経験をしています。
中野:駐在員とその家族が置かれている環境についてはどうでしょう。
私が運営している「海外×キャリア×ママサロン」というオンラインコミュニティでは、駐在に帯同した妻が夫から「不満があるなら日本に帰れ」といった暴言を受けると言った相談の投稿があったりします。
これに「我が家もです」と共感コメントがたくさん集まっていて、驚きました。これは相当、赴任者本人、ここでいう夫側も家族を思いやれないほどにストレスが溜まっているのではと思うんです。
森村:一般的にシンガポールは恵まれている、と思われているので、駐在員とその家族が日本以上にストレスを受けることがあることが理解されにくいようです。本人や家族が鬱になって急遽帰国するという事例は結構あるんですよ。
それを見て、弱いと言う人がいますが、日本でもあれだけインフラが整っていても欝になる人が多いのと同じで、結局は職場や家庭の問題から来ることが多いのです。
言葉や文化・価値観違いの壁がある中、マネジメントであり、自らもプレーヤーでもあるので出張三昧、シンガポールに戻ってきたと思ったら出張者のアテンド、本社から日々来る依頼に対応し、ローカルスタッフのマネジメントに苦戦し…。
立場上、駐在しているご本人達の苦労・ストレスも目の当たりにしているので、少々複雑な気持ちになります。
竹内:この国はマーケットが小さいので、日系企業間での競争が熾烈だったりしますよね。
森村:業界を問わず、一般的に日本人は日本人に厳しいという傾向があります。見ていて本当に過酷な立場に置かれている方たちがいる。
竹内:友達が出来ず苦労している妻は夫に話を聞いてほしい。でも夫も疲れていてストレスフル。それでは確かに夫婦の健全なコミュニケーションは難しいですよね。お互いそれぞれつらいシチュエーションに置かれている。
中野:オンラインサロン(海外×キャリア×ママ サロン)でも、もともとそんな性格の夫ではなかった、帰国したら普通に戻った、などのコメントありましたね。駐在員自身のストレス問題は深刻ですね。
森村:弱いと思われるので社内ではなかなか相談しづらいんですよね。ホットラインサービスを使っている企業はあっても、事情がわかっていない人が対応したり、結局解決しなかったりと問題点は多い。
一方で、駐在員のメンタルをケアするために産業医が定期的に日本から出張してきて、会社の外で話を聞く環境を提供している企業もあります。こういう対策は広まっていくといいと思います。
そして、意外にも赴任前研修がしっかり実施されていない企業も多いと感じています。資料の提供だけでなく、実際に現地はどのような生活なのか、赴任前にご本人とご家族の心構えができる機会を提供してほしい。
中野:配偶者研修はありましたか?
佐藤:私が受けた研修では、受講者がグループ化され、以前同じ地域に赴任したことのある先輩奥様方に直接話を聞ける機会があり助かりました。
竹内:駐在の光と影、みたいなことを家族が事前に知れるというのはすごくありがたい。
中野さんのオンラインサロンのように、私の知人は駐在妻対象のコミュニティ(駐妻カフェ)を立ち上げました。大きな企業なら充実した研修が提供できるだろうけど、中小企業だと、過去にその国での駐在経験者がいないケースもある。
これから駐在する誰もが参加できるコミュニティがあるのっていいと思うんです。私は上海駐在の時、自分の足を使って以前の赴任者を探し、話を聞いてまわりました。その時にこうしたコミュニティがあったらよかったのにと思いました。
話を聞いたり相談できる場があるといいと強く思います。将来的には、そういったコミュニティに企業が少しずつ資金を出し合い、業界横断的な研修や情報共有の場ができるといいですね。
対談を終えて
このコラボ企画は、2018年11月のある日曜日のお昼時、緑に囲まれたファミリーフレンドリーなカフェにて開催されました。それぞれのメンバーは、夫や子供たちを連れてきての参加です。
みなさん横目で家族をチラ見確認しながら、または子供を膝に抱きながらの対談だったのですが、出てくる言葉は鋭く、熱い思いが感じられる内容でした。お仕事の顔、ママの顔、両方を垣間見ることができ、はたママグループならではのコラボ対談だったと思います。
対談においては、「今はいろいろ過渡期」というコメントが印象に残りました。
全体の数はまだ少なくても、働きたいと希望する駐在妻は増えているし、帯同中でもキャリアを伸ばしたいとチャレンジする人が出てきている。一方の企業側では、駐在規定を見直す動きが出始めたり、駐在妻を貴重な人材として積極的に採用し始めた会社も。
駐在妻だけでなく、駐在員自身も、今までのルールに縛られずに声を上げていくこと、自分がどう働きたいのかを伝えていくことは大切だと感じます。そうやって少しずつ、自分や家族に合った働き方が実現していくのかもしれません。
多様な働き方が日本国内でも模索され始めた時代。駐在家族にとっても、それぞれの国の事情や個々に合ったベストな形は何なのか、模索し変化していく時代なのかなと思います。
同じ思いを持つ仲間と繋がるコミュニティがあちこちで生まれていることも、そんな動きを後押ししてくれるのではないでしょうか。
Cooperated by Madoka Nakano, Misaki Morimura,Aiko Mochizuki
Reported and Photo by Naomi Tanno