インタビュー

仕事と育児に一生懸命。シンガポールでバリバリ働く姿を子どもはきっとわかってくれる。はたママインタビューProfile008:菅川(森村)美咲

はたママインタビュー8人目は、笑顔が素敵な美咲さん。コミュニケーション上手で、話すと楽しく元気になると、はたママグループでもファン多数。彼女は人材業界という立場から、ずっとはたママを応援してくれています。
今回、美咲さんにとっての「働くこと」をインタビューしてみて、彼女の笑顔の奥にある、プロフェッショナルとしてのタフさ、かっこよさを知ることができました。

 

猛烈サラリーマンな生活。

仕事も育児も、自分ができる「今」を一生懸命でいたい。その姿を娘は見てくれている。

いつかきっとわかってくれる。

 

ありがとうのコレクターになりたい。

 

20歳の時1年間海外に留学し、いろいろな人と出会い、自分の世界が広がりました。そこから自然と、様々な人の人生に寄り添いたいと思うようになりました。パソナに入社したのは、仕事について当時の代表が語っていた記事を読んで深く共感したのと、就職活動中に出会った同期達がみんな魅力的だったから。人材業界は、多様な人々の節目や転機に背中を押してあげられる仕事だと感じていますし、何より今の会社と、一緒に働く人たちが好きなんですよね。

仕事は法人営業からキャリアをスタートしました。実は営業になるなど想像もしてなくて。企業側の採用担当者も派遣スタッフの方たちもみんな自分よりも年上とういう環境の下、ただ全力でお客様と向き合い続けてきました。いろいろなタイプの方たちがいましたが、苦手はあっても不思議と人を嫌いになることはなく、自分は人が好きなんだな、と再認識しました。

派遣スタッフの方たちから感謝されることが嬉しく、同時に採用側企業の方たちの助けにもなりたいと強く思うようになりました。自分の目標は、「ありがとうのコレクター」になること、そして、困った時や悩んだ時に思い出してもらえるような、記憶に残る人になること、でした。

その後、営業推進担当リーダー、ソリューション事業部へと移り、企業側のサポートに注力していくようになりました。現在、ジェネラルマネージャーの役職をいただいていますが、過去を振り返ると、いつも自分の実力以上のポジションを与えられ、タイトルに自分が見合うように頑張ることで成長してきたと感じます。

 

 

本社時代の大好きな上司、先輩、後輩たち。今の社会人としての私を築いてこれたのもこの時期があってこそ

 

シンガポール生活のスタートは壁ばかりだった。

 

日本での仕事は本当にやりがいがあり、毎日が充実していました。

一方、当時彼氏だった現在の夫はその当時からシンガポールで働いていました。夫は中学校の同級生で、幼馴染。帰国子女でもある彼は、昔から海外で働くと決めていたんです。

それで、本社にはいつかシンガポールに行きたいとの希望を伝えていました。2011年、東北震災の影響で自分が携わっていたプロジェクトがいったん保留になったタイミングで、当時の社長から「今だったら行ってOK」と突然の異動許可が。自分も彼も心の準備ができていない状態で、3か月後にはシンガポールへ、そして到着翌日にこちらの大使館に婚姻届けを出しました。

 

シンガポールでは現地法人のメンバーとなったのですが、今まで本社との交流があまり密でなかった事もあり、自分が橋渡しになると決めてきました。ところが、本社の力を借りる必要もないほど、しっかりとしたオペレーションを独自で運営してきた現地法人だったので、本社から来た私は全くの無力であると感じたことも多々ありました。最初の頃は、自分の存在意義を見出すことができず、非常にタフなスタートでした。

プライベートでも、今まで互いに充実した生活を楽しんでいたので、自分は環境の変化に、夫は生活の変化に戸惑いが大きく、あらゆるところに壁があった時代でした。波乱万丈過ぎてここでは言えません。笑

 

シンガポールはその頃、ASEANの発展に注目した日本企業の進出が続いていました。現地法人は人材紹介が中心でしたが、こちらの日本企業にヒアリングをする中で、人事周りの様々な相談を受けていました。そこから企業のサポートとなる、研修・人事労務・アウトソーシングなど幅広い事業分野を自分で立ち上げていきました。

トータルソリューションサービスを新たに立ち上げたことにより、本社や他国のグループ拠点からのサポートも増え、同時に現地法人のスタッフと本社や他拠点メンバーの交流機会も増えました。そのおかげか、今まであった壁が消え、今は本社を経験したスタッフとして、シンガポール法人側に立ちながら、シンガポールオフィスのために自分は何ができるのかを日々考えるようになりました。

 

とても絆の強いパソナASEANメンバー

 

半分パパ生活。両立はできなくても、笑顔を絶やさない母親でいたい。

 

仕事柄、不定期ですが出張もあり、本当にバリバリのサラリーマンだと自分でも思います。私を一皮むくと小さなおやじが出てくる、と周りからかわれるほどです。

今年4歳になった娘がいますが、このような働き方をしているので、育児と仕事を無理に「両立」しようとは思っていませんし、できるとも正直思えません。でも、母であることも仕事もどちらも私の生活の一部であるので、その時々で自分ができる「今」を一生懸命生きたいと思っています。その姿をきっと娘も見ていて、いつかわかってくれると信じています。

私の父親もサラリーマンで毎日遅くまで働いていましたが、今になると父親のすごさがとてもよくわかるんです。学生の頃はわからなかったけれども。自分の両親がしてくれたように、私も、娘が自分で自分のやりたいことを決めて生きていけるように応援していきたいです。

生き方は違えど、目指すは私の両親のような親になること

育児は、ある程度仕事の自由が利く夫が、娘や学校関係のサポートを随分してくれます。
彼はヘアスタイリストで、大きなイベントを担当したり、フリーランスでサロンに所属する形で現在はお仕事しています。私よりも幼稚園ママを知っていますし、学校行事は100%の参加率。娘がままごとをする時「お仕事行ってきます」と朝出かけるのはママの方(笑)。半分パパのような生活をしているので、出張で家を不在にする時には娘シックになり、複雑な想いにもなります。

仕事や飲み会で遅くなった時でも「お疲れ様」と迎えてくれる夫には感謝しなくてはいけませんね。お互い家では仕事のことはほとんど話しませんが、それぞれ全く違う分野でお互い頑張っていることをわかっているからかもしれません。

モーレツサラリーマン母ちゃんができているのも、理解のある旦那さんのおかげです…

 

そして、住み込みヘルパーさんのサポートがあるのが本当にありがたいです。第二の母のような存在になっていますが、自分以外の誰かが娘を可愛がってくれて、彼女が楽しそうに笑顔でいてくれたら、それはそれでよし!と思うようにしています。
私が心がけているのは、娘の前ではいつも笑っていたい!ということ。家ではいつもドジで抜けてる母親ですが、笑顔だけは絶やさない、と自分に課しています。

 

生後2か月目から来てくれた我が家の一員、ヘルパーさん。今年で4年目を迎えた

 

働きたいお母さんの背中を押したい。働くお父さんをサポートしたい。

 

 

これからやりたいことですが、仕事の方では人を育てることに注力していきたいです。

そして、はたママのサポーターとして、企業側へみなさんの想いを伝える啓蒙活動も継続していきたい。日々、クライアント企業(特に日系企業)の声を聞いていると、数年前よりは明らかにDPホルダー(帯同家族ビザ)の採用についての考え方が変わってきているのを肌で感じます。

緩やかな歩みだけれど配偶者の就労を許可する企業も少しずつ増えてきました。DPの方々は日本で就業経験があり優秀な方が多いです。たとえ数年の期間限定でも戦力として必要としている企業がありますので、働きたいと思っているママ達はご自身を信じて最初の一歩を踏み出してみてほしいです!

 

また、私は駐在員のパパ側の悩みを聞く機会も多く、実際は日本よりも大変な環境で働かれている方もたくさんいらっしゃいます。語学の壁、出張の多さ、ローカルスタッフのマネジメントや本社からのビジターアテンドなどで家庭での時間がとれなかったり。そういう声を企業に届けることで駐在員家庭のサポートができれば。

プライベートでは、いつか娘と女子旅をしたいです。パパには申し訳ないですが 笑

 

 

 

■Profile
菅川(森村)美咲  すがかわ(もりむら)みさき
大学在学中に1年間アメリカに留学。
2006年、株式会社パソナへ入社後、渋谷区・港区エリアの法人営業。その後、特別法人部門にて大手外資金融・大手日系通信業界などの専属営業経験し、営業推進担当リーダーとして、ソリューション事業部にてBPOサービスのソリューション企画・提案、OEM提携先開拓などに従事。
2011年よりパソナシンガポール法人(Pasona Singapore Pte. Ltd.)にて、人材紹介・派遣案件のみならず、新規事業エリア(人事労務、研修、アウトソーシング事業)の立上げを行い、HRに関するトータルソリューションサービスの提供に従事 (General Manager / Sales & Marketing Division)。
夫、娘(4歳)、住み込みヘルパーさん(4年目)の4人暮らし。
好きな場所・好きなもの: 温泉、新緑、おいしい日本食!
好きな言葉:
1. Smile 365
2. A pessimist sees the difficulty in every opportunity; an optimist sees the opportunity in every difficulty

 

 

Photo by Masayo Hada
Interviewer and written by Naomi Tanno

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