前回の特別企画では「専門家に聞くメンタルヘルス対策」ということで3人の先生方にお話をお伺いしましたが、今回は実際にメンタルダウンを経験したシンガポール駐在妻の3人にお話を伺いました。
覆面対談に参加してくださった方
Aさん:在星歴約3年。小学生と幼稚園の2児のママ。
大学卒業後就職した企業に15年勤務。2度目の育児休職から復職して1年が経った頃、ご主人のシンガポール赴任が決まり、帯同のため退職。
Bさん:在西暦約1年。小学生と幼稚園の2児のママ。
大学卒業後就職した企業に10年間勤務。ご主人のシンガポール赴任が決まってから1年間は子どもと日本に残ってフルタイムで働き、翌年帯同のため休職。
Cさん:在星歴約1年。
大学卒業後就職した企業で6年間勤務。希望していた部署への異動と入籍からまもなくご主人のシンガポール赴任が決まり、帯同のため退職。
駐在帯同でキャリアを中断。来星までの状況
―ご主人のシンガポール赴任が決まった際の心境について教えてください。
<Aさん – 不本意な退職で後ろ向きな気持ちに>
会社に帯同に伴う休職制度がなかったため、退職しなければならずとても悩みました。なぜ私だけが退職しなければならないのだろうという思いと、2回の育休を終えて今の職場で腰を落ち着けて頑張ろうと思っていたタイミングで自分のキャリアが途絶えてしまうという悔しさがありました。主人にとっては応援すべきシンガポール赴任を前向きに捉えることはできませんでした。
<Bさん – 日本でのワンオペに限界を感じ休職>
私の主人は当初「研修生」という位置づけでの赴任だったため、会社の規定で家族は帯同することができず、これから1人でどうやって仕事と育児を両立すれば良いのだろうと不安で仕方がありませんでした。翌年になって主人がシンガポールへ本配属となり帯同が許可された際には、日本でのワンオペ生活に限界を感じていたこともあり、休職を選択することに迷いはありませんでした。
<Cさん – どうしてこのタイミングで、との思い>
私はいつか海外生活をしてみたいという気持ちはありましたし、主人が海外赴任になる可能性は理解していましたが、予定より早かったということもあり動揺してしまいました。希望部署への念願の異動が叶ったばかりで、昇格のタイミングでもあったため、「どうしてこのタイミングで」という思いが拭えませんでした。
―帯同されるまでの間でどのように心構えをされましたか?
<Aさん> 私はずっと気分の落ち込んだ状態が続いていましたが、駐在妻向けキャリアコーチ主催のお茶会に参加し、心の整理をするためのワークに取り組んだことで、もともと自分の中に海外で暮らしてみたいという欲求があったことを認識し、少し前向きになることができました。またそれとは別に、会社で受講していたコーチングを通して、今回の帯同は自分にとってキャリアチェンジをする良いチャンスなのかも知れないと、新しい視点を持つことができました。
<Bさん> 私も駐在妻向けキャリアコーチ主催のオリエンテーションに参加したことで、初めての海外生活に対して感じていた不安や疑問を解消することができ、気持ちが楽になりました。オリエンテーションの中では、帯同中にやってみたいこと、帰国した際にはどうなっていたいかなどを考えるワークもあり、漠然としていた今後の生活を具体的にイメージすることで、今回の帯同は自分の可能性を広げるチャンスだと捉えることができるようになりました。
<Cさん> 私は何かに参加するといったことはしませんでしたが、渡航までの期間は実家へ戻って過ごすことにしました。両親は一人娘である私の帰省をとても喜び、私も実家で過ごしているうちに「こうして両親と貴重な時間を持つことができたのも、主人の海外赴任があったからこそ。少し前向きに頑張ってみよう。」と思うことができました。
来星してからの状況とメンタルダウンまで
―来星した直後はどのような状況でしたか?
<Aさん> 初めての海外生活ということもあり、移動や買い物といったちょっとしたことが大変で、日々疲れを感じていました。また、日本では保育園に預けていた下の子供と来星してから一日中一緒に過ごすことになり、「どう相手をして良いか分からない」、「自分の時間が持てない」とストレスを感じていました。
<Bさん> 私も初めての海外生活ということで日本と異なる生活環境にとまどいはあったものの、離ればなれだった家族が一緒に暮らせるようになったことに喜びを感じていました。ただし、Aさん同様、下の子供がしばらく幼稚園に入園できなかったので1人の時間が確保できなかったこと、想像していた以上に自分の英語が通用しないことが分かり、現地の方とコミュニケーションが上手くとれないことにストレスを感じていました。
<Cさん> 私はシンガポールでも働きたいという思いはあったものの、主人のビザ取得に時間がかかってしまい、日本にいる間は行動に移すことができなかったため、来星してからは就職活動に取り組みました。とある会社から内定もいただきましたが、主人の就労ビザがSパスであったため、結局辞退することになってしまいました。
―皆さんがメンタルダウンを経験した時期や状況について教えてください。
<Aさん> 私は来星直後から3ヵ月ぐらいまでの期間が一番辛かったですね。環境の変化、子供と過ごす時間への戸惑いに加え、初めての専業主婦生活で社会との繋がりを失い、働いていない自分は価値がないと卑下してしまいました。また、周りに働いていた女性がいなかったため、仕事を辞めた辛さを共有できる人もいませんでした。
そのような状況に追い打ちをかけて、渡航した直後に夫がメンタルダウンしてしまい、病院に通いながら、自宅療養となってしまったのです。家事や育児で頼りたいのに頼れない、話を聞いてもらいたいのにそれができないという状況に、私自身の精神状態もギリギリでした。子供がいたので表面上は明るく振舞っていましたが、悩みやストレスが日々蓄積されて気分が塞ぎ込んでいきました。
<Bさん> 私は来星してから4か月後に一時期帰国をしたのですが、シンガポールに戻ってきた頃から気分が落ち込むようになりました。一時帰国までの期間は毎日が何かと忙しく悩む余裕もありませんでしたが、生活の立ち上げや私が通っていた語学学校も一区切りついたことで時間ができてしまい、「自分はこれからどう過ごせばよいのだろう」と考えるようになったことがきっかけだったと思います。
また、日本にいた頃は仕事をとおして他人からの評価や承認が得られていましたが、シンガポールに来てからはそれがなくなってしまい、家事や育児を通して「自分を認めて欲しい、褒めて欲しい」と家族に求めるようになってしまいました。その結果、夫や子供との関係も悪化してしまいました。
<Cさん> 私は来星して3ヵ月経ったあたりから精神的な落ち込みがひどくなりました。就職活動の結果自分がシンガポールで働くのは難しいということが分かり、一方で主人は仕事が繁忙期であったため、朝から深夜まで一人で家にこもる時間が増えていました。その結果、Bさん同様、「私はここで何をすれば良いのだろう」と悩むようになってしまいました。またこの時期、日本にいた両親が体調を崩してしまったことも精神的な落ち込みに拍車をかけ、毎日明け方まで眠れずに体内リズムを崩し、ちょっとしたことで泣いてしまうという状況が続きました。
―皆さんはどのようにメンタルダウンを乗り越えましたか?
<Aさん – カウンセリングで楽に。前向きな行動で仲間が見つかる>
夫の件もあり、なかなか家族や周りの人には相談できなかったので、思い切ってネットで見つけたカウンセラーの方のカウンセリングを受けることにしました。そこで夫やキャリアに関する悩みを吐き出し、気持ちが楽になりました。そこから少しずつ前向きに行動ができるようになり、はたママのランチ会に参加したことがきっかけで、同じような境遇でキャリアについて相談できる仲間もでき、徐々に自分らしさを取り戻していきました。自分と同じように悩みながらも、一歩踏み出しチャレンジしていく仲間の姿を見て、私も勇気をもらうことができました。
<Bさん – コーチングで客観的に。パートタイムで社会とつながる>
私も1人で悩んでいても解決することはできないと思ったので、コーチングの4カ月継続セッションを受講することにしました。コーチングでは、自分の現状や悩みを客観的に分析し、自分自身で気持ちを整える術を学ぶことができました。その結果、少しずつ気持ちが落ち着き、家族とも穏やかな時間を過ごせるようになりました。また、来星してから半年経った頃にパートタイムの仕事も見つかり、新しい人との出会いや社会とのつながりを実感できる場を得られたことも、良いきっかけになったと思います。
<Cさん – 時間を味方に。少しずつ居場所を見つける>
私はまだ気分が落ち込むこともあり、完全にメンタルダウンを乗り越えられた訳ではありません。ただ、時間が経ったことで気分も少しずつ落ち着き、せっかくシンガポールに来たのだからこのチャンスを生かそうという気持ちになってきました。最近では語学学校に通い始め、ボランティアをすることも決まり、自分がやることや居場所ができたことが精神的な回復につながっている気がします。
―Aさんはご主人がメンタルダウンになってしまったとのことでしたが、パートナーがメンタルダウンになってしまった場合どう対応すれば良いのでしょうか?
<Aさん> 私は自分も精神的に辛い時期だったこともあり、夫の話を聞いたり心配したりする余裕はありませんでした。むしろ「私は仕事を辞めてまでシンガポールに来たのに」と夫を責めたくなる気持ちや、「夫のメンタルダウンが原因で帰国することになったらどうしよう」という不安の方が強かった気がします。メンタルヘルスの問題は、家族であっても専門知識がないとサポートが難しい部分があります。私は「夫の問題は病院に任せよう」と気持ちを割り切り、必要以上に夫の問題を抱え込まないことにしました。自分も飲み込まれてしまったら、残された子供たちはどうすればいいのだという母親としての防御反応だったのかもしれません。最終的に夫は通院と薬のおかげで少しずつ回復することができました。
もし私と同じように夫婦揃ってメンタルダウンに陥ってしまった場合は、夫婦でカウンセリングを受けてみるというのも良いかも知れません。二人の状況を理解した上で話を聞いてくれる人が居れば、お互い気持ちが楽になるのではないでしょうか。
最後に
―これから来星されるみなさんへメッセージをお願いします。
<Aさん> 来星してしばらくは「自分は何もできない」と感じることも多いかと思いますが、皆同じように落ち込んだり悩んだりして今があるので安心してください。1日1個でも良いので小さなチャレンジを積み重ね、自分にできることを増やしていくことが自信につながると思います。日々頑張っている自分を褒めることを忘れず、SNSで見るキラキラした他人に惑わされることなく、自分のペースで進んでいってください。
<Bさん> 日本と環境が異なる海外で生活するというのは、それだけでも充分すごいことだと思います。来星してしばらくは出来ないことばかりに目が行ってしまうかと思いますが、「バスに乗れた」「新しい食材を使って料理ができた」など、小さくても出来るようになったことに目を向けて自分をたくさん褒めてあげてください。
また、もしも精神的な落ち込みを感じたら、まずはしっかり睡眠時間を確保するなど、自分の身体を大切にするようにしてください。それでも改善しない場合は、ためらわずに周りに助けを求めることが解決の近道になるかと思います。
<Cさん> 私はこれまでメンタルダウンしてしまった自分を恥ずかしく思っていましたが、今では自分が一生懸命がんばってきたからこそ起こったことだと考えられるようになりました。メンタルダウンは誰にでも起こり得ることですので、どうか自分を責めないようにしてください。新しい環境に慣れるまでは何かと大変だと思いますが、焦らず少しずつ、自分に合った、自分の存在意義が感じられる居場所を見つけていってください。
今回の体験談からは、メンタルダウンを経験する時期や状況、原因は人それぞれであるということが分かりました。一言で「駐妻」と言っても、置かれている環境や条件は人それぞれです。読者の皆さんには前回の特別企画と今回の体験談をとおしてメンタルヘルスについて理解を深め、限られたシンガポール生活を他人と比較することなく、自分らしく楽しんで欲しいと思います。
Special thanks to Hatamama community members (Interviewees)
Interviewer and written by Naoko Udagawa