インタビュー

<特別企画>ー専門家に聞くメンタルヘルス対策ー Part 2 産業医 毛利由佳先生に聞く

はたママ特別企画「専門家に聞くメンタルヘルス対策」では、3人の先生にお話を伺いました。

今回のPart 2は、「働く幸せの最大化」を目指して働く人の心身をサポートする会社、ELIXIA SG PTE.LTD. の毛利由佳先生です。社員の健康に気を配る産業医が海外駐在員にも必要だと考え、シンガポール拠点を立ち上げたパワフルな「はたママ」でいらっしゃいます。

(2020年4月時点、COVID-19のためシンガポールでも多くの方が在宅勤務、自宅待機しています。毛利先生には新型コロナウイルス感染拡大中のメンタルヘルス対策についてもアドバイス頂きました。ぜひご覧ください)

みんな同じ想いをしている」という気付き

 ー立ち上げられたELIXIA SG PTE.LTD.は、どのような会社なのですか?

本社は日本にあります株式会社エリクシアです。(株)エリクシアは「働く幸せの最大化」を実現するため、企業と従業員の心身のサポートや組織コンサルティングを行っている会社です。

そこで産業医として働いている中で、従業員の方々の状態を分析するだけでなく、どう対応すればいいのか具体的にアドバイスをすることで、従業員も企業も楽になっていく姿をたくさん見てきました。

この(株) エリクシアの活動がシンガポール及び東南アジアで働く方々にとって心強いサポート役になることができるのではないかと、エリクシアをシンガポールにも持って来ることを提案し、2018年12月に現地法人設立となりました。

 

ー先生は元々外科医をされている中で予防医学としての産業医の重要性に気づき、外科医と産業医を兼業されていたものの、出産を機に産業医の道に絞って活動されていると伺っていますが、来星前後についてもう少し詳しくお伺いできますか

日本では外科医と産業医を兼業していましたが、夫のシンガポール赴任に伴って来星を決めました。初めのうちは日本での仕事の予定を月の半分に集約、残りの半分はシンガポールで生活するというスタイルで、仕事を継続しました。

 

ー日本とシンガポールで行き来をしながら仕事をする方は他にもいらっしゃるとは思いますが、医師でそれをされるとはパワフルですね。

幸い職場の理解を得ることができました。外科医をシンガポールでも継続できるか模索もしましたが、日本の医師免許ではGPとしては働けるものの、外科医として手術をすることは許可されていませんでした。

専門医まで取った外科医を辞めること悩みましたが、予防医学に携わりたいという強い思いと、産業医の仕事が自分には合っていると感じていたこと、年齢やこれから子育てが始まる可能性を考えると日本と行き来をしながら外科医を続けるのは難しいことから、産業医に絞って活動するよう調整しはじめました。

そのころに妊娠が発覚し、日本とシンガポールを行き来する生活は難しくなりました。日本での出産を希望していたので一旦シンガポールと日本の別居生活をしながら日本で出産し、2014年に産後3ヶ月で子どもと一緒に生活の拠点をシンガポールに移しました。

 

ー完全に拠点をシンガポールに移してからどのような生活だったのでしょうか。

第一子の妊娠判明と同時に日本に戻り、そのまま日本で出産したので、シンガポールで友人は殆どいませんでした。産後再来星した後は、初めての子育てで苦戦したこともあり、引きこもりがちでした。

夫は現地採用で、日本に戻る目処も立ちません。仕事も免許やビザなどの制約のある中で、いつになったら元のペースで仕事をできるのか見通しも立たず、不安に陥りました。いわゆる「キャリア分断」を身を以て体験し、更に出産後のホルモンバランスの乱れもあり、悶々とした辛い時期を過ごしました。

このままではマズイ…まずは外に出なくてはと、日本人会などでボランティアをし始めたりする中で、多くの方が同じような想いをしていることに気付きました。

 

―どれくらいの期間、引きこもって悶々とされていたのですか?

第一子が3か月の時に来星してから5ヶ月ほど悶々としていました。

外に出て、多くの方が同じような想いをされていることに気付いていく中で、この経験を活かせるのではないか、自分が役に立てるのではないか、日本で行っていた産業医の活動がシンガポール及び東南アジアで働く方々にとって心強いサポート役になることができるのではないかと考えました。

 

ーご自身の元の活動と、来星時の問題意識が、見事にマッチングしたわけですね

日本では50人以上の規模の事業所は産業医を雇い、月に一度の面談などが必須ですが、海外は適用対象外。ごく稀に日本の事業所を担当されている産業医が海外拠点の社員をサポートすることもありますが、逆に産業医が海外拠点の従業員のケアを断る場合もあるそうです。

「ちょっとしたサポートで乗り切れるなら」

ー海外ならではの難しさがあるのでしょうか?

直接会えずに、オンラインで会話することのリスクを避けたい産業医が多いというのが現実だと思います。日本の昔のパワハラなどが、シンガポールではまだ残っているという話も聞きます。

またあまり大きく報道されませんが、駐在員や家族の自死という問題もあります。せっかくのステップアップの機会でもあるのに、才能やチャンスを潰してしまうのは勿体無い。ちょっとのサポートで乗り切れることもあるのではないかと思います。

会社としても社員の赴任や帰国は簡単なことではなく、ちょっとしたサポートで全員が幸せになれるなら、その道を探りたいと思っています。

 

ー現在はどのようなサポートをされているのでしょうか

具体的には対面・ビデオ会議・電話・メールでの相談対応を行なっています。

海外で仕事をすることにあこがれている方はたくさんいらっしゃいます。しかし、様々な環境変化への適応で悩みを抱える方が多いのも事実です。日本とは違う異文化の中で、心身共に健康で幸せに働く、そのサポートを行い、多くの企業にとっても頼りになる存在だと感じていただけるよう、活動をしております。

―海外赴任におけるメンタルヘルスについてお話しいただけますか

まず、赴任してすぐの時期。
住居やスーパー探しなどの衣食住に関わることや学校など、生活していくうえで最低限必要なものを整えたり、役所での手続きに追われたり、会社では仕事の引継ぎやあいさつ回りなど、目まぐるしく過ぎていきます。

この時期は、自分を振り返る余裕もなくストレスの自覚がないことが多いです。つまり、メンタル不調も起こりにくいです。

次に、数か月経ち、生活環境がある程度整うと、それまでの目まぐるしい日々で蓄積された疲労が表面化してきます。3か月後くらいが多い印象ですね。

更に、現地社員との文化や国民性の違いによる摩擦や日本のようなサービスを期待できないこと、四季のない気候などへのストレスも蓄積してきます。ちょうどこの頃、うつ状態、適応障害などのメンタル不調を起こしやすいといわれています。

メンタルヘルスの問題を自覚していなくても身体的に疲労が蓄積している時期です。
この時期は意識して、睡眠時間を増やすように心がけるとよいでしょう。実際気分が落ち込んでいる方には多めに睡眠を取って脳を休ませることをお勧めしたりします。

PCをずっと使い続けると動きが遅くなってくるのが、再起動することでスッキリ快適に動くのと同じで、人間の脳には睡眠が必要なのです。あえて意識して、30分や1時間長く寝てもらうというのは有効です。また、この頃に面談を設定することで、各人の状態を把握して、必要な処置や対応を促すのも有効です。

 

―他に具体的に有効な対応はありますか?

やはり気軽に相談できる人が近くにいないというのが大きな問題点ですね。特にメンタル面の話は母国語で話さないと理解されにくいことも多いです。

ただ、現地の日本人の友人や同僚に相談しようにもコミュニティが狭いので話しにくいという方も少なくありません。また、日本にいる家族や友人には心配をかけたくなかったり、環境の違いを理解してもらえず話しにくかったりすることも。そういう時に第三者(産業医やカウンセラーなど)が話を聞くことは話しやすく、心配をかけずに済むというメリットがあります

 

「良いことも悪いことも変化はストレス」

ー特に周りに「栄転」と思われていたり、シンガポールのようにインフラの恵まれている国への赴任だと話しにくいこと、ありますよね!

海外への赴任は昇進であることも多いですね。また、シンガポールは他の国に比べて、かなり「恵まれている」状況にあります。日本の物も手に入りやすく、安全でキレイ。こんなに恵まれているのに不満なんて言いにくい、と感じる方も多い。

ですが、「変化」というのはストレスになります。内容の良し悪しではなく、栄転、結婚、出産などの全ての「変化」はストレスになります。環境の良い悪いに関わらず、ストレスがあることを受け入れて、遠慮なく相談するべきです。

これはみなさんにわかっていただきたいです。特に海外なんて「変化」が大きいのです。日本国内での移動に比べても変化が大きい。言葉も、文化も、気候も、法律も違う。たくさんのストレスがかかっています。

―ストレスを受けて当然。それをしんどいと思って良いのですね!

そうです!

―数ヶ月でストレスを乗り越えた後はいかがでしょう

この最初の危ない時期を乗り越えると少しずつ落ち着いてきて適応できてくることが多いです。

その後は日本と同じように仕事量や仕事内容、人間関係、プライベートでの問題などでメンタル不調を起こすこともあります。海外でメンタル不調をおこした場合、日本と違い、ストレスチェックや産業医の義務がないため、発見が遅れ重症化しがちです。。

 

―はたママ読者は帯同の家族であるケースが多いのですが、帯同の家族に向けてのメッセージはありますか?

帯同家族の方に関しても、同じように大きな変化、ストレスがかかっていします。帯同家族の様子がおかしい場合も早めにご相談いただくようにお話しています。ご家族同士でのコミュニケーションをしっかりと取って頂くことで、早めに異変に気付くことが出来ると思います。

お子様の様子がおかしいときは、まずはスクールカウンセラーへの相談をお勧めしています。

―女性の駐在員も増えていますが、女性特有の問題はありますか?

女性がEPを持って働いている場合などは、駐在中の妊娠出産などが気になるのではないかと思います。シンガポールでも法律上は妊娠や出産を理由に解雇は出来ません。また、産休育休の期間が日本と同じではないかもしれません。会社ごとの規定もあると思いますので、その辺の確認を会社にとる必要はあるかもしれません。

―稀にお子さんを日本に置いて駐在されている方もいらっしゃったり、駐在の形も多様化していますね

子どもと離れていることで辛いという方もいらっしゃいますね。オンラインで話す機会を出来るだけ持って頂いたり、ご自身で辛いなと思ったときは出来るだけ早めに相談してもらったりしています。

Profile
毛利 由佳 (もうり ゆか)
ELIXIA SG PTE. LTD. Director, 産業医(日本)
在星歴7年。家族構成:夫、ふたりの子供(2014年、2016年生まれ)

Interview & Coordinated by Madoka Nakano
Written by Mayumi Okazaki
Photo: Katsura Ishii

 

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