インタビュー

<特別企画>ー専門家に聞くメンタルヘルス対策ー Part 1 日系クリニック 目原久美先生に聞く

4月は生活環境が大きく変化する方も多く、新しい生活に心躍る一方、慣れない環境にストレスを感じ、メンタルヘルスの問題を抱えてしまうというケースも少なくありません。そこで今回は「専門家に聞くメンタルヘルス対策」ということで3人の先生にお話しを伺ってきました。

最初にお話しを伺ったのは、日系クリニックで家庭医として勤務されている目原久美先生です。先生ご自身も5歳のお子さんを持つ「はたママ」でいらっしゃいます。

**2020年4月時点でCOVID-19の感染拡大が続いています。パンデミック状況下でのメンタルヘルスについて緊急で追加インタビューを行いましたので、こちらもご覧ください

救命救急医からメンタルヘルスにも対応する家庭医の道へ

―まずは目原先生の経歴についてお伺いできますか?

日本では救命救急医として働いていました。もともと僻地医療に興味があり、救命救急を専門科、小児科をサブスペシャリティとして研修し、僻地で働ける医師を目指していました。2007年には国境なき医師団に参加して、スリランカの紛争地帯で国内避難民キャンプの移動診療、2009年にはHuMAという医療系NGOでケニアの難民キャンプで診療を行いました。

シンガポール人の夫との結婚をきっかけに2012年にシンガポールへ移住しました。引き続き救命救急に関わりたいという思いから、最初は緊急搬送などを行う医療支援会社に勤務しました。ただ、1年経たない内に自分のワークライフバランスに問題を感じるようになり、日系クリニックへ転職、現在は家庭医として勤務しています。

家庭医として勤務するようになってから、何度かメンタルヘルスの問題を抱える患者さんに上手く対応できず困ったことがあり、Institute of Mental Health(シンガポールで唯一の精神科病院)で家庭医向けの精神疾患について学ぶコースを1年間受講しました。このコースを受講したことで、メンタルヘルスの問題を抱える患者さんに対して、家庭医としてどこまで対応し、どこから精神科医に任せるべきなのかという境界線を学ぶことができました。

鬱病の症状とご本人の自覚について

―この4月に生活環境が大きく変化した方は、慣れない環境にストレスを感じて気分が落ち込んでしまうこともあるかと思うのですが、一時的な気分の落ち込みと鬱はどのように違うのでしょうか?

気分の落ち込みが、一日のうちでどれくらい続くか、毎日連続して続くか、ということが大きなポイントになってくると思います。気分の落ち込んだ状態が連続して2週間以上続くようであれば鬱病の可能性が考えられるので、受診をお勧めします。もちろん期間が2週間未満であっても、ご本人が精神的に辛いと感じる場合は受診をした方が良いと思います。

 

―先生が診察をされていて、ご本人が鬱病だと自覚していないケースはありましたか?

例えばお子さんの病気を理由に来院されたお母さんが、診察中に子供の話しをしていて急に泣き出してしまったことがありました。無意識のうちに他のお母さんと自分を比べ、「どうして自分はちゃんと育児ができないのだろう」と悩んでいたようです。こういった場合、子供の治療はもちろんですが、お母さんの心のケアも必要となってきます。

また、「疲れやすい」「眠れない」「胃が痛い」などの症状で一般診療を受診される方でも、各種検査を受けて身体の異常が見つからない場合、身体以外に原因がある可能性が考えられます。身体には異常がないということを納得して初めて、自分が鬱病である可能性について考えることができる患者さんもいらっしゃいます。

鬱病の治療方法と治療において大切なこと

―鬱病というと精神科で治療するイメージがあるのですが、一般診療でも治療は可能ですか?

環境の変化による一時期的なもの、軽度なものであれば一般診療の範囲で治療が可能です。鬱病の治療はBiological【身体】、Social【人間関係】、Psychological【心理】という3つの側面から行います。Biologicalの観点からは、心の不調のために起こっている身体の症状に対して、必要に応じて薬を処方します。鬱病の診断で抗うつ薬を処方する場合は、少なくとも6カ月から9カ月の治療期間が必要となります。Socialの観点からは、患者さんが辛い時に頼れる、助けてくれるネットワークの確保を行います。鬱病になるとご本人が周囲との関係を遮断してしまいがちですが、周りとのネットワークを切らないためにはどうしたらいいのか患者さんと話し合います。Psychologicalの観点からは、ストレスを感じやすい・完璧にしないと気が済まないなど、ご本人本来の性格にまつわる問題について、どのようにストレスと付き合っていくのか、ご本人の中から解決法が見つかるよう話し合いを重ねます。症状によっては臨床心理士によるカウンセリングをお勧めすることもあります。

 

―鬱病の治療において大切なことは何ですか?

何よりも患者さんが身体を休めること、リラックスすることが大切です。ただ、身体をゆっくり休めることができる場所や、リラックスできる方法というのは人それぞれです。私は「こうしなさい」という指示を出すのではなく、患者さんと一緒に「どうすればしっかり休み、リラックスできるか」を考え、それを実現するためのサポートを行います。

例えば女性の患者さんで、家では家事や育児が気になってゆっくり休むことができないという場合、日本から家族の助けを呼んだ方が良いのか、ヘルパーさんを雇うのがいいのか、1人でホテルに宿泊することがいいのか、ご本人にとってベストな方法を一緒に考えることもあります。そのために、患者さんが希望されれば、ご家族など身近で助けになる人に私から電話をして、医学的に大変な状況にあること、すぐに助けが必要なこと、具体的な助け方の提案などを医師の立場から説明することもあります。

 

―心の問題で病院を受診するということに躊躇いや抵抗感がある方もいらっしゃるかと思うのですが、そういった方たちに何かアドバイスはありますか?

もし一般診療でかかりつけの先生がいれば、まずはその先生に気軽に相談をしてみてください。「先生の専門ではないかも知れない」と相談することを遠慮する患者さんもいらっしゃいますが、先ほどお伝えしたとおり一般診療でも鬱病の治療は可能です。かかりつけの先生がメンタルヘルスの診療が出来ない場合は、診療が出来る先生を紹介してもらいましょう。また、かかりつけの先生がいない場合には、病院の受付に電話をして自分の症状を伝え、診察してもらえるかどうか相談してみてください。以前は出来ていたことができなくなった、楽しかったことが出来なくなった、なんだか最近自分らしくないと感じたら、躊躇わずに病院を受診して欲しいと思います。

 

―鬱病で苦しんでいる方に対して、周囲はどのようなサポートができるでしょうか?

まずは「最近調子はどう?」と声をかけてあげてください。「1人になりたい。」「他人と話したくない。」と言う方もいらっしゃると思いますが、そういう場合は「また来週電話するね。」「また様子を見に来るね。」といった声かけで、「あなたのことを気にかけているよ。」というメッセージを伝えてあげてください。悩んでいる本人を変えようとするのではなく、その方が「誰かと話がしたい。」と思えた時に、アクセスできる状態を保っておくことが大切です。子供のお世話を引き受けてあげるなど、間接的な援助も良いかもしれません。ただし、人にはそれぞれ相性があるので、一人で何とかしようとするのではなく、みんながそういう気持ちで不調を感じている方に対して思いやりを持って少しだけ注意を払うことができると良いですね。それだけでも悩んでいる人にとっていざという時のセイフティネットになると思います。

最後に

―読者へメッセージをお願いします。

 自分の中で拠り所が一つしかないと、それが上手く行かなくなってしまったとき、精神的なダメージが大きくなってしまいます。子育て、仕事、趣味、ボランティアなど、自分の中に様々な側面を持っておくと良いのではないでしょうか。女性は仕事や子供の有無によって状況や環境が異なりますが、皆それぞれに役割があり、その役割を全うすべく頑張っているのだと思います。どうか自分の頑張りを認め、他人と比較するのではなく、自分が幸せになれる選択をして欲しいと思います。

Profile
目原 久美 (めはら くみ)
在星歴8年。ジャパングリーンクリニック勤務、成人・小児の総合診療担当。救急科専門医。熱帯医学学士。公衆衛生修士。スリランカ、ケニアの紛争地帯で医療活動に従事後、現職。
家族構成:夫、息子(5歳)

Interview and Written by Naoko Udagawa
Cooperated and Photo by Naomi Tanno

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